人間家畜論

家畜

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Cows

もし人間が、どこかの星の生命体にその繁殖力に目をつけられ、家畜として飼われ、飼育され、食肉として流通させられるとしたら、私たちはそういった星の生命体を責めることは出来るのだろうか?

ふとそんなことを考えた。

私たちは当たり前のように牛や豚や鶏を飼い、飼育し、食肉として流通させ食している。しかし、それは人間というものが食物連鎖のヒエラルキー(ピラミッド)の頂点に立っているから出来ることであり、人間よりもさらに上の生命体が現れたとしたら、私たち人間が牛や豚や鶏と同じように家畜として扱われるだろう。

以前、私がこの「人間家畜論」を展開するに際し、書いた記事がこれだ。

臓器移植『提供者』という家畜が実在して欲しい

とても炎上した記事だけれど、ようはクローン人間を作って臓器移植に使えばいいという発想だ。とあるドラマに影響されて書いた記事だ。

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 知能を持たない人間家畜から臓器提供を

人間は知的生命体だからぞんざいに扱うのは良くないという理論展開を行う学者・識者などが大勢いるが、同じくらいの知的指数を誇ると言われているイルカやクジラは食肉として流通しているわけだ。

だったら、人間も臓器提供用の家畜を作り上げて、臓器提供に使用するということは決しておかしなことではない。

なんだったら、知的生命体がダメなのなら、知能を持たない、恐怖を感じない、つまり脳が存在しないクローン人間を作って臓器移植にしようするという手立てもある。

こういったことを書くと倫理的にどうだとか道徳的にどうだとかいう反論が起こることを承知で書いているのだが、そういったクローン人間というものに対する倫理や道徳と、今を生きる人間の命を天秤にかけた時、どちらのほうが大切だと思うんだい?

私はここの類いの綺麗事を並べる学者、識者、一般人に吐き気がする。

実際にこういった人達は自分が健康体であり、病気を抱えた当事者の気持ちが分からないから綺麗事を並べることが出来るのだ。

だったらお前が病気になってみろよ。障害者になってみろよ。もしそうなっても、こういった綺麗事を並べるのであれば、絶対に命乞いをするなよ?

人間家畜論

私は自殺未遂を過去に2度もしていながら、今は長生きをしたいと思う。でも、それは今のまま障害者として長生きをしたいのではなく、健常者としての身体を手にいれて健常者として長生きをしたいと思っている。

・うつ病

・アトピー

・睡眠時無呼吸症候群

・不眠症

その他もろもろの病気を抱えたままずっと生き続けるだなんてごめんだ。

そういった境遇から生まれた理論、それが、

「人間家畜論」

だ。

私は今生きている人間を奴隷として扱ったり家畜として臓器を取るということには反対だ。そこは勘違いしないでいただきたい。しかし、クローン人間を作って家畜として扱い、臓器を取り除き、不要な部分は捨て去る。

そう私たちが牛や豚や鶏のような家畜に行っているようなことを実際にクローン人間にも行おうという発想だ。

この記事の冒頭にも書いたように、食物連鎖のヒエラルキーで私たち人間より格上の生命体が現れたら、私たち人間そのもの、今生きている知的生命体である私たち人間が家畜として、食肉として食されるという可能性だって0では無いわけだ。

まぁ、SFの世界の話ではあるけれどね。

人間は植物、動物、沢山の栄養素を摂取しないと生きていけない生命体だ。その人間の秘めているエネルギー(食物としての)は相当なものだろう。

そういったエネルギーを欲する生命体が現れても不思議ではない。

でも、私が提示しているのはもっと良心的なものである。

人間が痛みを感じたり感情を司る部分、「脳」の無いクローン人間を作り出し、そこから臓器を取り出して「今を生きる」人間の寿命を延ばそうという発想だからだ。

今を生きる人間の命を救おう。例えどんな手を使ってでも、という考えから生まれたものだ。

私は小児病棟で過ごしていた時期がある。子供なのに心臓病を抱えていて寿命がこのままではあと数年だと言われている子もいた。

私が子供の頃は今のように「脳死は人の死」という考えではなかったから、今よりも小児の心臓移植はハードルが高いものだった。何億円も出して、寄付を募って外国で同じように心臓移植をする子供の順番をお金の力で押しのけて、心臓移植をするしかなかったのだ。

こういった寄付は「綺麗なものだ」と正当化されているが、それだって刷り込まれたイメージに過ぎない。本当はあなたたちが思っているよりもとても残酷な行為だ。

人の金で、人の命を奪って自分の子供の寿命を延ばしているのだから。

こういった行為に比べれば、「人間家畜論」などというものはとても良心的だと思うのだけれどね。

何故、このようなこのと書くと炎上してしまうのだろうか。私は理解に苦しんでいる。

最後に

どんな手を使ってでも健康体になりたい、長生きをしたい、と考えるのは人間の本能であり決しておかしなことではないはずだ。しかし、健康体の脳内お花畑の人間達は綺麗事が大好きだ。甘甘シュガーベイベー。

普段は世の為、人の為に尽くしたいと言っている人間こそ、本当に世の中で苦しんでいる人間の気持ちなど分かっていない。だから、このような甘ちゃんなことが言えるのだ。

少なくとも私は「人間家畜論」という批判も多そうな理論だけれど、世の中に病気で苦しむ人を少しでも減らそうという考えを提示している。

何も提示していない人間は私のような人間を批判する資格は無い。

だいちゃん(∀)

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uwasanoaitsu

フリーライター・ハイパーメディアブロガー 1級身体障害者 年間500冊ほどの本を読む読書マニア。勉強好きの資格マニア。簿記や法律に強い。 暗い記事も書くけど、なんだかんだで自分の事をスーパー障害者だと思ってる変な人。お笑い好き。 炎上芸人。インターネット上の嫌われ者www

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1 個のコメント

  • 脳の無いヒトクローンを臓器提供用に作るのは、倫理的な問題はさておき、技術的に困難です。(脳が無ければ母体外で臓器は生存できませんから。)発想としては、面白いと感じましたが。
    さて、ヒトのクローンより現実的な話として、豚の体内でヒトの腎臓を作るという研究がありますが、ご存知ですか。
    腎臓以外の臓器はキメラ状(ヒトとブタの細胞のモザイク状)で、腎臓はヒトのみの細胞に由来するブタをつくり、ヒトに移植する研究です。かなり、研究としては進んでいましたが、これ以上は倫理的な問題が邪魔してなかなか進まないようです。(現状は、私も申し訳ありませんが存じ上げておりません。3年前に私が知った時は、そのような状態でした。)
    何もヒトを家畜化しなくても、もう少し技術的にも倫理的にも問題点の少なそうな技術はあるので、そのような技術に対する規制が緩和されるとよいのかと私は考えております。

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