身体障害者になった時、生きていく武器の無さに絶望した

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http://www.flickr.com/photos/79538062@N00/4556921430

photo by jypsygen

私は身体障害者になる前は、通信制高校に通いながらガソリンスタンドで販売や車の整備をしていました。

低学歴の私に出来る仕事といえば、こういった肉体労働しかなかったのです。幸いにも、身体障害者になる前はマラソンをしていたりして、体力にだけは自信がありました。(本当は小学生の時点で腎臓病だったので、マラソンのような激しい運動は医者に禁止されていたのですが 笑)

そんな自分が19歳の時、もうすぐで腎臓が死ぬ。1級身体障害者になるぞ、という宣告を医者から受けました。

今までの仕事は肉体的にも相当ハードでした。だからやめざるを得ませんでした。しかし、生活がある。でも自分は低学歴で、この頃まだ高校も卒業していませんでした。

そこで、昼間はカフェで、夜はホテルのバーでウェイターの仕事を掛け持ちして生活していました。

でも、ガソリンスタンド時代ほどではないにしろ、ウェイターも肉体労働には変わりありません。

どんどん身体が弱っていく自分。

あまりにも身体がキツくて、カフェの仕事が終わってバーの仕事が始まるまでのスキマ時間に道端で寝てから仕事に行くような生活を送っていました。

もう早く腎臓が死んでしまって、障害者年金を貰いたい。早く楽になりたい。

次第にそんなことを考えるようになっていきました。

そして、とうとう身体が完全に言うことを効かなくなり、1級身体障害者になりました。

やっと障害者年金が貰える。肉体労働をせずに済む。とりあえず、少しの間ゆっくりして今後の人生のことを考えよう。そう考えていました。

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まとまったお金が入ったのだが・・・・・・

1級身体障害者になった時、約50万円ほどまとまったお金が入りました。このお金は、身体障害者になるよ宣告を受けてから、身体障害者になった期間分の障害者年金です。身体障害者になるまで、保留という形になっていて貰うことが出来なかったのです。

しかし、1級身体障害者になっても、障害者年金は2級(障害者の級と年金の級は別物)。月に当時で6万5千円ほどしか入りません。

うちは母子家庭で貧乏です。だから、家にお金を私が入れないと生活出来ない状態でした。それに、当時はモデルもやっていて、レッスン代も月に1万5千円ほどかかっていましたし、モデルの仕事で大きな仕事を取れるほど売れてもいませんでした。

なので、どうにかしてお金を稼がないといけない状態でした。

そこで気がつきました。

自分には、肉体労働以外の仕事の経験が無い。肉体労働が出来なくなった今、パソコンもろくに使えない、学歴の無い自分に出来る仕事は無い。

モデル事務所から、モデル以外の人材派遣の仕事(ティッシュ配りなど)をもらったりもしていましたが、それだけでは足りません。そして、身体が悪いという理由から、モデル事務所も辞めました。

どうしよう。どうやって生活をしていこう。

考えても仕方がないので、とりあえずパソコンを購入してインターネットに接続することから始めました。

そして、インターネット上の情報を駆使して、パチスロで生計を立て、貯金をし、そのお金でパソコン教室に通いました。

そうやってパソコンをある程度使えるようになったので、とある有名なIT企業に派遣社員として就職し、なんとかパチスロ打ちのようなアウトローな世界から足を洗うことが出来ました。

しかし、そんな付け焼刃で覚えたパソコンの技能では会社の仕事はこなせませんでした。それに、当時やっていた人工透析(延命治療)の種類が身体にあっていなくて、健康面でも仕事がまともに出来る状態ではありませんでした。

そして、追い出し部屋と呼ばれる、社員を自主退職させる為の部署へ異動させられ、私は欝になり、会社を辞めました。

タイピングが出来ない・・・・・・

ちょうど仕事を辞めたのが、リーマンショックが起こった時期でした。世界的な不況が起こり、当然、日本の仕事も激減していました。

そんな中、なんとか失業保険や職業訓練校へ通ったりして、国からお金を貰ってその場をしのいでいました。

欝を抱えた状態で、日商簿記2級、日商販売士2級、ワードやエクセルの資格、様々な資格を取りました。

しかしある日、無理がたたったからなのか、パソコンのキーボードをタイピングすることすら出来なくなりました。

家庭内も当時荒れていて、兄は国家公務員を辞めて家に戻っていたけれど、精神疾患が酷くて暴れていました。母も、そういったストレスからインターネット依存症になっていました。

そこで、私は自殺を図りました。結果的に未遂で終わっていますが。それも2回も。

生きてはいるけれど・・・・・・

仕事が無いことには変わりありません。でも、なんとかパソコンのキーボードを叩けるくらいまでには回復しました。

そこで思いついた仕事が、WEBライターという仕事でした。

さっそく、WEBライターを募集している会社に連絡をして、仕事を貰うようになりました。私のフリーライターのしての生活の開始です。

でも、ライターだけの収入ではとても食べていくことは出来ません。障害者年金はどんな家庭事情であろうとも、自分の意地もあって、全て家に入れていましたし。

そこで、元々は地元で一番頭のいい公立の中学に通っていて、高校も一度は私立の有名進学校に通っていました。中学レベルの勉強はそこそこ出来る方です。それに、もともと人に教えることが得意でした。

そうやって始めたのが、家庭教師という仕事です。

フリータライターをしながら家庭教師をする。私のフリーランスとしての生活の始まりです。

ついでと言ってはなんですが、ブログ運営も始めました。インターネット上で知り合った友人達にブログ運営の仕方を教えてもらい、スカイプ(インターネット回線を利用した無料電話、チャットツール)を利用して、色々と指導してもらいました。

そうやって、ブログアフィリエイト(広告収入)も始め、そちらのほうでも収入が入るようになってきました。

最後に

家庭教師の仕事なんて、入ったり入らなかったり、途中で生徒が辞めてしまったりと不安定です。(現在、家庭教師はしていません。)ライターの仕事もそう。そして、ライターの仕事の単価はとても安い。特にWEBライターは。

それに私の欝が治ったわけではありません。ライティングは欝状態が酷い時には出来ません。未だにいばらの道を渡るような生活を送っています(笑)

それでも、自殺未遂をしていた時よりは、のんびりと生活を送っています。無理をせず、なんとか広告収入やライティング収入で生活を送っています。そのおかげで貧乏ですが!

もっと心身共に体調を今よりは回復させて、何か収入に繋がるようなことをして、もっとしっかりと生計を立てたいものです。せっかくインターネットがこれだけ発達しているのですから。

障害者だって、インターネットを利用すれば普通に生活を送ることが出来る。所得だって健常者に負けない。それを証明してみせたいですね。

現在、独学で少しづつですがプログラミングの勉強などもしています。html、cssなどのマークアップ言語は使えるのですが、プログラミングは難しい!

1級身体障害者ですが、必死に生きています。

ただの独り言を書いてしまいましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございまいた!

だいちゃん(∀)

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uwasanoaitsu

フリーライター・ハイパーメディアブロガー 1級身体障害者 年間500冊ほどの本を読む読書マニア。勉強好きの資格マニア。簿記や法律に強い。 暗い記事も書くけど、なんだかんだで自分の事をスーパー障害者だと思ってる変な人。お笑い好き。 炎上芸人。インターネット上の嫌われ者www

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4 件のコメント

  • サイバーエージェントで執筆してるのでしたら、サイバーエージェントウィルで働かせてもらってはどうですか?
    在宅就労もやってるかもしれないですよ。

  • >>モトコさん
    クライアントの子会社なので下手なこと言えないんですけど、ウィルは会社として機能していないんじゃないかな、と調べていて思いました。

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