『あと1年で死ぬ』と医師に言われたら、あなたならどうしますか?

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医師 ドクター

photo by Truthout.org

人間とは不思議なもので、私のように重度身体障害を抱えていても意外と長生きするかもしれないし、ついさっきまで健康で怪我一つしたことの無いような人が、何らかの事故に巻き込まれ、死んでしまうこともある。

事故現場を報道しているニュースをテレビで観ながら、あなたはこう思うかもしれません。

「自分じゃなくてよかった……。」

「自分の家族や親族、友達じゃなくてよかった……。」

しかし、それはたまたま運がよかっただけに過ぎません。事故に巻き込まれる可能性は誰にだってあるのですから。

それは「病気」にしても同じこと。今まで病気一つしたことの無いような典型的な健康人間でも、病気にかかる時はかかるものです。

もしあなたが健康な人間であればあるほど考えてみて欲しいのです。

・もし、あなたが病気になったとしたら?

・余命が後1年だと告られたら?

・治療は出来るが、完治する可能性は1%だ。その治療はとても苦しいものだ。

こんな状態になったら、あなたなら1%の可能性にかけて治療をしますか? それとも、1年という時間を自分の為、家族の為に使いますか?

私ですか? 私は我が儘(わがまま)な人間なので、自分だけの為に残りの時間を使うと思います。治療なんてまっぴらごめんです。ただでさえ、人工透析で「治療」という名の延命療法に疲れきっているのに、助かる可能性より死ぬ可能性のほうが高いギャンブルに身を投じようとは思いません。

しかし、人間はそういった状況に陥ると、しっかりとした判断が出来ず、その1%の可能性にかける人もいるのだと思います。

現実的に考えれば、1%という数字は馬鹿らしい数字です。しかし、人間は「奇跡」という言葉が好きだ。そして、その奇跡を、心が追い詰められればられるほど求めてしまう。

しかし、本当にそんな1%の治療という名のギャンブルに自分の最後の命をかけても良いものでしょうか?

私がもし、人工透析をやっていない状態で「余命1年」と宣告を受けたとしたら、その場で病院を去り、パスポートを発行して世界に旅に出ます。

アジアで安いB級グルメを食べ歩き、安いマンゴーやマンゴスチンをほうばる。

オーストラリアで牛肉を食べ、バックパッカーとしてオーストラリアを1週。

イギリスではロックバンドの音楽を聴き、スイスでチョコレートを食べる。

もちろん、世界遺産巡りは欠かしません。

そして、フランダースの犬の主人公の如く、ルーブル美術館で死を迎える。そんな人生もありなんじゃないかな、と考える今日この頃です。

最後の晩餐として何を食べたいかな。

私は「りんご」しか思いつきません。食べ物に対する欲求があまりないのです。

みなさんは、「余命1年」と宣告されたら、何をしたいですか?

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最後に

健常者として、重い病気にかかったことの無い方はなかなか想像し辛い内容だったかと思います。

それでも、常に人は「死」と隣り合わせであることを知っていただきたいのです。想像して欲しいのです。

「自分にはまだまだ関係のないこと」

そんなことはありません。

不慮の事故で命を落とすことが頻繁にニュースになる世の中。あなただっていつ死ぬか分からないのです。いつ、病気になり余命宣告をされるのか分からないのですから。

だいちゃん(∀)

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uwasanoaitsu

フリーライター・ハイパーメディアブロガー 1級身体障害者 年間500冊ほどの本を読む読書マニア。勉強好きの資格マニア。簿記や法律に強い。 暗い記事も書くけど、なんだかんだで自分の事をスーパー障害者だと思ってる変な人。お笑い好き。 炎上芸人。インターネット上の嫌われ者www

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