『聲(こえ)の形』を読んで、リアル1級身体障害者が語る『障害者として生きる現実』

聲の形

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聲の形

引用:http://f.hatena.ne.jp/gryphon/20130221063715

今、話題になっている週刊少年マガジンの連載作品、「聲(こえ)の形」を読んできた。

ジャンプ派でしかもコミックスしか買わないし読まない私が、少年マガジンの漫画を読んだのは数年ぶりだろう。でも、ネット上での話題もそのくらい「読みたい」と思わせるようなインパクトがあった。

それは内容が、

「聴覚障害者に対する、差別、偏見、イジメ」

などがテーマになっていたからだ。障害の内容は違えど、たとえ漫画だろうと同じ障害者として見過ごすわけにはいかないテーマだった。

私は、人工透析をやっている20代の身体障害者だ。小学生の頃から慢性腎臓病(IgA腎症)を患い、20歳の頃に人工透析導入、1級身体障害者となった。

なるべくネタバレを避けるようにして、一部を引用しながら『障害者として生きていく現実』を語っていきたいと思う。(軽くネタバレ注意)つまらないかもしれないし、私の自己満足で終わるかもしれないが、聞いて欲しい。

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『聲の形』の軽い概要と私のこと

まず、私が障害者の生きる現実について書くと、

「そこまでのことを言われるのは、本人の人格に問題があるんじゃないか?」

と言ってくる人がいる。私が人格者かどうかはともかくとして、少なくとも人として外れたようなことはして生きてきてはいない。友達が困っていれば友達のために動き、見ず知らずのネット上の人からメールで相談を持ちかければ全てのメールに返信をして、自分のできる限りの善意は尽くしてきた。だから、幸いにも、信用の出来る友達はいるし、人には恵まれているほうだと思っている。

それでも、数知れずの困難、嫌がらせ、理解されない苦渋を味わってきた。そんな私にすら嫉妬する輩がいる。時々ネットで目立つことやってるからだろうか。馬鹿かお前ら。「健康」ってだけでお前らのほうが充分恵まれてんだよ。

話はいきなりそれたが、この「聲(こえ)の形」って読み切り漫画、だいたいのあらすじは、

「聴覚障害の子が生涯のせいで周りの同級生に迷惑をかけてしまい、だんだん同級生たちに虐められる。机に落書きから始まり、補聴器を無理やり壊され、聞こえないのをいいことに何かあるたびに”キモイ”と言われる。」

っていうような話の流れなんだが、

その中で特にいじめてた男の子が、ほかの同級生も、

・見て見ぬふり
・一緒になって笑う

などしていて、教師も最初はかばうような振りをしていたが、途中から教師も一緒になって差別する場面が出てくる。

最終的には、いじめ主犯格っぽい男の子に全部罪を着せてクラス全員が知らん顔。今度は、その男の子が虐められる。

これは一見、漫画だから誇張されているように思えるけれど、これが障害者の生きる、いやそうでない社会でもそうだけど、今を生きる若者・大人も含めた社会の縮図だなと私は感じた。

聲の形

障害者の感性の強さ

漫画の中ではクラス全員で主人公の聴覚障害者の子の悪口を言っていた。さすがに、現実世界で皆が皆、私に関しては分かるようにわざとに悪口を言う、というのはなかったように思う。でも、影で悪口を言っているな、というのは雰囲気や、私と話すときの口調、色々なものから感じ取ることは出来る。これは健常者にはない感覚なのかもしれない。そういう感性が一般の人より強くなるのだ。

実際「私は障害者向けのデリヘル嬢」という本の中でも障害者の感性の強さについて書かれている。

被害妄想じゃないかって? 考えすぎじゃないかって? 思い上がりだって?

若干、人間不信なところはあるにしても、物事は冷静に”理屈”も含めて判断するのが私流だ。

だから、この漫画のように障害者やその他の弱者に対して大声で悪口を言ったりする、という光景は、実際に起こりうることであるし、例え起こってないように見えて、人々の心の中でこのような”心の中の陰口”が行われているのではないかと思う。

実際、私は周りの人達に理解してもらおうと病気になってからというもの全ての人に、友達に、担任に、色々な人に自分の病気のことを話した。しかし、理解してくれようとした人はほんのひと握りだった。それでも私なんて理解者がいるだけましだ。理解者がいない障害者や、弱者がこの世の中には沢山いるのだから。

中学校3年間、高校、自分の病気のことを理解してもらおうと人に話せば話すほど、人々は自分から遠のいていった。担任の教師でクラスの人間に理解をしてもらえるように動いてくれた人なんて一人もいなかった。

私の高校時代

高校時代、私は度々、定期券を盗まれたり、腕時計を壊されたりした。身体が弱く、休みがちだった私が嫌がらせのターゲットにされたのだ。

体育祭では前日に股関節の剥離骨折を起こしたので走者を変わってもらえるように担任に頼んだのに無視。悔しいからそのままの状態でスウェーデンリレーに出て、アンカーだった私はトップでゴールイン。人間とは都合のいいもので、何も手助けをしなかった担任や学年主任が大喜びだ。違う、私が求めているものはそういうものじゃない。

「普段の平穏な生活」

だ。そんな表向きの賞賛なんていらない。

何故、教師たちはこんなにも生徒に対して、特に障害者、特別支援学級での勉強が必要な子、いじめられっ子、こういった弱者を守ろうとしないのか。実際は守ろうとしているけど、守れないだけなのかもしれない。しかし、漫画の一文にはこう書かれていた。

ったく 誰だよこんな荷物よこしたの…

そう、弱者は一般の人たちに迷惑をかけている。だから一般の人たちにとって「荷物」なのだ。

最初は大変そうだからと一緒に持ってくれていたその”荷物”。だんだんと重く感じ、苦痛になり、投げ捨てる。実際に私の人間関係においても、最初に「自分は1級身体障害者だ」と話した時には優しくしてくれることが多かった。しかし、それが長く続くことは少なかった。

良い言い方をすれば、「冷たい人間は私には近づかなくなった」ということかもしれない。これはこれで、自分でわざわざ人を見抜かなくて済むから良いことなのだろう。

ただ恐ろしいことに、こういった差別や偏見、いじめを弱者に対して行っているのは、「人間的におかしな人たち」ばかりではなく「普通の人」も多い、という現実だ。

中には、自分は本当は助けたりしたかったけど、周りに流されて、自分も嫌がらせを受けそうで何も出来なかった。という人もいると思う。

それが横並び軍隊教育を大切にする、「日本の教育」だ。

1度目の自殺未遂

私は2度の自殺未遂を犯している。

私の受けている「人工透析」という延命療法は、週に3回、1日4~5時間はベッドの上で機械を使って血液を濾過してキレイにして、体の中に戻さないと死んでしまう病気だ。

それを放棄して、福岡から東の方へひたすら軽自動車で逃げた。警察に捕まらぬように、携帯の電源も切って。

しかしある時、ふと友達からメールや電話が来ているのではないかと思い、携帯の電源をつけてしまったため、大阪府堺にいることがバレ、そして神戸異人館を高速道路経由で目指しているところを警察に保護された。

この時は、統合失調症の私の兄が私のパソコンをひらいて、mixiなどのSNS上で尋常ではないくらいに騒ぎ立てた為に、周りの人間も、

「これは大変だ」

と”雰囲気”でなんとなく感じたのかもしれない。本当に心から心配してくれた人達もいる。しかし雰囲気に飲まれ、私に優しくしないといけない、と考えた人たちも多かったのだろう。優しい言葉をかけてくれた人が多かった。そう、普段から仲のいい友達も、そうでない人も。

偽りの優しさ

私の自殺未遂1回目の時には、

「だいちゃんがいるから私は社会福祉士を目指した。」と涙ながらに言っていた子(私がいたから目指したなんて嘘だろう。事実、その発言から数ヶ月もしないうちに縁を切られた。)、遠方からバレンタインデーにチョコレートを送ってくれた子(今では私との縁を一方的に切った子。こういう”優しさ”ほど残酷なものはない。)、そして沢山の人たちからのメール、電話、沢山の優しさを貰った。しかし、その半分は偽りだった。

「自殺未遂した人に優しくしている自分」

が可愛いだけで、決して私に心から優しくしようとしたわけではない人が少なくとも半分はいた。優しい自分に酔っているだけの人間がね。信じたくない事実だが、これは現実だ。

過去に「私の腎臓をあげてもいい」と言ってきた子もいた。私の腎臓をあげてもいい? 渡す気もない、渡すことができないことを知っているからそういう発言が出来るんだ。渡す気がないなら始めからそういう発言をするな!!

ちなみに上記の言葉は、私の元カノが発したものだ。この発言の3日後、彼女は別の男を作って去っていった。

2度目の自殺未遂

1度は生きようと思った私だが、統合失調症の兄を抱え、ネット依存の母に相手にもされず一人で人工透析と仕事の往復。

人工透析中には司法書士試験の為の受験勉強。

病院では頭のおかしな看護師に罵倒され、仕事では、会社から指示された「違法な指示」を拒否したが為に不当解雇にあった。家に居場所はない。私にはもう生きていく気力がない。そう思い今度は最後の自殺を決意した。

ただ、すぐ死ぬのではなく、その頃はちょうど東日本大震災があったころだ。最後に、福島の様子を見てからどこかでひっそりと息を引き取ろう。そう思い、福岡から東北へと、またもや軽自動車で向かった。そのまま、北海道へ向かうつもりだった。

北海道へ行ってからの目的などない。ただ単に、のどかな場所で最後を迎えたかった。そこで目に浮かんだのが、たまたま北海道だったというだけだ。

すると、今度はどうだろうか。

兄の統合失調症は以前より進行していた為、私を心配するどころか、ネット依存の母や兄に制裁を加えるつもりで家を出て行く前にインターネットのルーターを破壊したことについてブチギレ。

「弁償してからいけ!!」

と叫び、車のフロントガラスに飛び乗った。その姿はまるで、バイオハザードのゾンビか、ストリートファイターのブランカのような姿だった。弟の命よりネットの方が大切なんですかね?

母は相変わらずネット依存。私が死ぬとは思わずに無視してずっとネット三昧。

そのような理由から今度は私の自殺未遂について騒ぐ人がいない。だから、私が最後のSOSとして書いた、mixiでの書き込みに対して、

「死ぬなら勝手にしね!!」

「かまってちゃん。どうせ死なないんだろ?」

「イライラする!! ふざけるな!! もう書き込みするな!!」

「気持ち悪い…」

と、思いもよらぬ”言葉の刃物”による猛攻撃が私を襲った。このような出来事から、世の中にはSOSを出しても「人は死ぬと言っているうちは死なない」と勘違いしている人が多いことに気がつかされた。助けなければいけない、という雰囲気になっていなければ人を助けようともしない。そう、

「周りの雰囲気に流されているだけの人」

が日本人には多いということ。それは人に優しくするときにも、人を罵倒する時にもね。

罵声を浴びせない人の中にも、バレないように私から距離を取る人もいた。バレてんだっつの。止めないけどな。

しかし、世の中悪い人ばかりじゃない

そんな醜い人間達のいる中、2度目の自殺未遂にも関わらず、雰囲気に飲まれたわけではなく、自分の意思で私のために動いてくれた人も大勢いた。

昔からの女友達。一度も現実世界で会ったことのないネット友達。仲のいい男友達。お世話になっている年上の人生の先輩、など。罵声と同じくらい”優しさ”にも触れた。

最終的に私の命を助けてくれたのは、昔からの女友達Rちゃんだ。この子が懸命に私を福岡に引き返すように説得してくれなかったら、私は今頃この世にいなかっただろう。

なにせ、あと30分遅ければ、私は死んでいたからだ。私は家に帰り着いてすぐに心臓に異変が起き、ICUへと運ばれた。

そこでちゃんと治療を受け、そして今でも私は生きている。

聲の形

引用http://d.hatena.ne.jp/toldo13/20130224/p1

最後に

「聲(こえ)の形」というこの漫画では、聴覚障害者の女の子がどんなにいじめを受けても、必死に紙でコミュニケーションをとり、皆に馴染もうとするシーンがあった。私もそうだ。例え障害者だろうと、皆と仲良くしたいから普段から色々な人に自分から声をかけるようにしていた。

それで、「馴れ馴れしい奴」と思われ、時にはウザがられたこともあったかもしれないが、今でも付き合いのある友達を作ることも出来た。

でも最近では少しづつだが、自分の障害のことを隠すようになった。あまりにも理解されない状態で生きてきたからだ。話せる人にだけ話そうと。

でもそれは本当は苦しいんだ。本当はすべてをさらけ出して、素の自分を見て欲しい。しかしそれを望むと嫌がる人、全く理解出来ない人がいる。無知や田舎者の世間知らずほど、そういう人が多い傾向にある気がする。

「無知」は言い換えると「罪」だ。

人の気持ちを理解するためには、「知識」と「感性」の両方が必要だ。片方でも欠けてはダメなんだ。

どんな人でも病気や障害のことを話しても最初は優しい。しかし、自分に少しでも被害が及ぶとその優しさが消える。そんなのは「偽り」の優しさだ。

私は普段、読み手のことも考えてなるべく暗い記事は書かないようにしている。しかし、この漫画をキッカケに、今話題になっているこのタイミングに、障害者として十何年も生きてきた20代の若者の、この言葉を聞いて欲しかった。

ただ、未だに分からない。何故、こちらは病気だとちゃんと説明しているのに言葉や態度で攻撃しようとする。理解を示そうとすらしない。そういう人間がいるのか。

弱者を攻撃して、強者になったつもりか? そういうテメーらのほうが本当は弱いんじゃねえのか? 世の中の何かにビビって。例えば将来への不安だとかな。それで、その不安から逃れる為に自分より弱そうな者を攻撃する。それこそ”真の意味での弱者”のやることだ。

不快にさせてしまった方は本当にごめんなさい。

そして、最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。

だいちゃん(∀)

※関連ネタ

『聲の形(こえのかたち)』を読んだ1級身体障害者の私と、喧嘩をしよう

 

障害者が読んでも共感出来る。絵が可愛い。色々な人に読んで、そして考えて欲しい本。

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だいちゃん(∀)

フリーライター・ハイパーメディアブロガー 1級身体障害者 年間500冊ほどの本を読む読書マニア。勉強好きの資格マニア。簿記や法律に強い。 暗い記事も書くけど、なんだかんだで自分の事をスーパー障害者だと思ってる変な人。お笑い好き。 炎上芸人。インターネット上の嫌われ者www

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14 件のコメント

  • なんかの本に人間ほど異常な生き物 酷い生き物はいないって書いてあったけど まさにその通りです しかし地震があった頃  そんなに精神的に病んでたのは初めて知りました       障害に理解求めるなんか無理な話ですよ 人間その立場になって初めてその人間の辛さが分かるもんだから 

  • いつも、ありがとうございます。自分は3級の視力障害者ですが、この記事を読ませてもらって、読んでみたいマンガだと思いました。自分の考え方とかが変わるかもしれないキッカケをいただきありがとうございます

  • >>フリーダムくん 確かに、理解してもらうのは日本では今でも難しいね>< でも、外国では日本よりもはるかに障害者と健常者が共存して生活出来ている国もあるんだ。
    日本だって、情報がまだまだ少ないだけ。まさに、フリーダムくんの言うとおり、その立場になってみないと辛さなんて分からないよね。でも、想像力の高い人で、
    「理解しよう」
    としてくれる人は、きっと増えていくと俺は思っているんだ^^
    俺、人に弱みを見せるのが苦手だから、精神的に病んでいても親すら気づいてくれないよw

  • >>nyaobinさん
    こちらこそ、読んでいただきありがとうございます^^
    実際の視力障害者さんが読んでどう感じるのか、興味があります。視力ではないですが、身体障害者の私には、かなり共感出来るものが多かったです(∀)

  • 優しさを押しつけるようにアピールする人、親切にしてあげる自分に酔う人間、「絆」「勇気をありがとう」「元気をもらいました」などと言った分かりやすくて口当たりのいい言葉が大好きな人たち。
    『信じたくない事実だが、これは現実だ。』と書かれてますが、まさに現実世界はそんなもんです。
    常に等しい愛情を恋人でも家族でもない第三者に注げる人なんて、滅多にいませんよ。たんに「元気?」と気づかってあげることなら毎日のようにできても、「自分に害をなす(苦労させる)人に対しても、以前と変わらぬ優しさをずっと与えられる人」が、そこいらにごろごろいると考えるのは間違いです。
    そういう深い関係が、生半可な付き合いで生まれるほど簡単なものじゃないからこそ、誰も彼もがそういう付き合いのできる人を探しながら生きてるんです。だからこそ『懸命に私を福岡に引き返すように説得してくれ』た女友達Rちゃんがいるだけでも幸せだと思いますがね。老婆心ながら、あなたはその子に対してもの凄い心配と不安を与えたことを謝罪し、心から感謝した方がいいです。
    それに年を取ればいずれ分かると思いますが、世の中って真っ白ピカピカじゃありません。多くの大人が表面的な印象で他人を判断し(血液型占い、学歴、服装)、生まれつきの特徴をからかい(ハゲ・ブス・デブなど)、
    集団で弱者をいじめます。
    そんなときに「オレは障害者で大変。理解して助けてくれるのが当たり前だろ」と言っても逆効果であって、子供ならまだしも、大人のくせに相手の心を理解しようとしない人には何を言っても無駄なんです。悔しいかもしれませんが、そんな人とは自ら距離をおいたほうがいいです。
    「誰とでも仲良くなれて深く理解し合える」なんて絶対に無理。ですが、大人として深い関係を築ける相手だって必ずいます。
    いまの世の中に諦めながらも、人間には諦めないでほしいです。

  • 初めまして。先天性身体障害歴40年のものです。内容に強く共感する部分があり、思わずコメントします。服用していた薬がパッタリ効かなくなったことがあり、二年ほど歩けず車椅子生活をしていました。その時の友人の言葉「なぜあなたばかり?代わってあげたい!」
    彼女が悲しんでくれている気持ちに偽りはないでしょう。しかし病状悪化に気落ちしていた私は、口では感謝しましたが、心では罵っていました。”代われるなら、そんなことは絶対に言わないだろうに!軽々しく代わってあげたいなんて言うな!” 長々と申し訳ありません。寒いが続きます。ご自愛ください。

  • >>太郎さん
    えっと、なんだか僕の言いたいことをコメントで全部言ってくれているような感じで非常にスッキリしました(笑)
    「子供」って「大人」を写した鏡だと思っているんですよ僕。大人の世界でイジメなどが平然と行われているから子供の世界でもイジメが増えている。それなのに「最近の子供は~」って言ってしまう無責任な大人が多いんですよね。
    本当に、世の中は綺麗なものじゃない。でも、本当に心の綺麗な人もいる。そういう人と僕は今まで出会ってきているし、これからもそういう人を見つけては仲良くする。見つけるために、敢えて汚い人とも関わっていく。
    そういう生き方を続けていくと思います(∀)

  • >>蓮さん
    先輩障害者さんですね^^ 蓮さんの言うとおり、本当に変わることが出来るならそう言う言葉は使わない。変わることが出来ないということを理解しているから使っている言葉だと僕も思ってしまいます><
    ただ、世の中面白いもので、変わることが出来るなら本当に変わってくれるような人もいるんですよね。ほとんどが、親族(自分の親)だと思うのですが、臓器移植の世界だと、自分が死亡するリスクが高くても、子供に自分の臓器を移植する家族もいます。
    本当に、色々な人がいます(∀)

  • とても辛い思いをしてきたのだろうと文章を読んでいて感じました。こんなものはありきたりな感傷に過ぎないかもしれませんが文や絵、料理、発声、動作、色んな物からその人の状態が必要以上に伝わってしまうのも辛いものです。
    自分に優しくしていた人でも被害が及びそうになると裏切られるという気持ちもその不安もわかります。ですが誰かを助けるということは自分がその負担を受けるということでもあります。病は病としてそこにあるのではなく普段の自分の延長線上にあるだけで、誰でもなり得るし誰でもそのハードルを超えれば死にます。
    あなたを助け続ける覚悟は自分の身を削り続ける覚悟で、生半可な優しさはいらないと仰るのはその覚悟を持った友人に出会えたから言えることでもあると思います。
    私は理由などなく人を助けるのは当たり前だと思って生きていますがその人のために生活を捧げる覚悟は本当に少ない人にしか持てそうにありません。

  • この記事の筆者の障害者には知識と感性と優しさを持って接しろみたいな言い方がやだ、誰だってよくわからないものには関わりたくないに決まってるのに

  • 2種類の人間を見てきました。一つめは倒れたら何回も起き上がる人間。二つめは倒れたら倒れないようにする人間。比較的一つめの人間が虐められたり、見下されます。倒れた理由を生まれつき、と主張する人間には、成長は望めないでしょう。

  • 障害者には知識と感性と優しさを持って接しないと大変なことになるよって言ってるだけの漫画だから仕方ない
    障害者には関わるだけ損ということを教えてくれた漫画、漫画の内容に加えてこれを読んだ人の感想などを見てるとそう思う

  • 障害無くても自殺未遂と称する構ってアピールしてたんだろうなと分かる、考え方の甘えっぷりに吐き気がしたわ
    不幸な主人公気取りで生きてきたんだな…

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