音楽って『上手い演奏』聞いてムカつくこともあるし『下手な演奏』に感動することもある

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photo by nlnnet

10年前、僕がまだ19歳だった時のこと。

僕の趣味は路上でストリートライブを仕事帰りの夕方、仕事が休みな土日などにすることだった。

特別にギターが上手いわけでもなく、カラオケでの歌は上手さにある程度の自信はあるけれど、ギターを弾きながら唄う、いわゆる「弾き語り」がてんでダメだった。

でも、そんな下手っぴな僕の演奏に対して感動してくれる人が少ないけれど時々いたんだ。

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中学生が1000円札のチップをくれた

ある時は僕が、地元とは少し車で離れた電車の駅前でGLAYの「HOWEVER」という曲を歌っていると、何も言わずに手紙を僕のギターケースの中に入れてそそさと去っていった。

なにごとかと思ったよ。ラブレターか? 中学生か~、付き合うと犯罪だよな~!

という冗談はさておき、この手紙の中には何と1000円札が包まれていて

「私はとある中学の女子学生です。この曲は彼氏との思い出の曲です。最近、忙しくて会えていませんが、恋愛を頑張って続けていこうという元気が貰えました。本当にありがとうございました。」

と書かれていた。

正直、普段はMr Childrenの曲ばかり弾いていて、たまたま気分転換に違う曲もと思って引いた曲だったんだけど、僕はどんな歌でも手だけは抜かずに一生懸命に歌っている。それが相手の心に通じたのかな、とちょっと嬉しい気持ちになったよ。

だって、中学生にとって「1000円」ってかなりの大金だよね? それをそんなに上手いわけでもない、ましてやファンなわけでもない演奏者に出そうって普通はあまりしないよね。

だから僕は大声で、

「ありがとうございました!!」

って年下相手に腹の底から声を出してお礼の言葉を叫んだよw

ホームレスのおっちゃんが自分の弁当をくれた

他にも、真冬にさっき書いた地元から少し離れた駅には地下通路(トンネル)があって、弾き語りを練習するのには最適な場所だった。でも、その時は真冬だったからほとんど練習している人がいなかったけれど、僕はまだ身体がギリギリ普通の生活を送れているような状態だったので、仕事が終わったら夕方には毎日練習、土日も欠かさず練習しにそこへ行っていた。

そこには、冬になるとホームレスのおっちゃん(といってもいつも同じ人が一人いるだけ)の寝泊り場になっていた。

最初は、僕が勝手に弾いているだけで、おっちゃんも迷惑そうにするわけでもなく、かといって興味がある素振りも見せず、自分の作業を何かやっていた。

でもある日、そのおっちゃんが、

「お前、腹減ってるやろ。この弁当食え。」

と言って弁当を差し入れしてくれたんだ。これ、多分ボランティア団体とかが配っている奴だよね? って思ったし、僕よりも自分の食べる分すら大変だろうに見知らぬ人間に弁当なんてあげて大丈夫なの? って、嬉しさよりも心配心のほうが強く出てしまった。

でも、せっかくくれたものを「要りません」なんていう方が失礼だ。だから僕は素直に、

「ありがとうございます! お腹、ペコペコだったんですよ!」

と笑顔で受け取ることにした。

そしてそのあとに、せめてものお礼としてコンビニで「暖かいお茶」を買って差し入れに行ったんだ。

すると、おっちゃんは予想とは裏腹に、

「いらん! 余計な気は使わんでいい! 金ならある!」

とお茶の受け取りを拒否したんだ。僕は少し頭が混乱して、なんで受け取らないのか理解出来なかったのだけれど、あとあと考えてみると、これって一種の

「プライド」

なんだろうなって思ったんだ。ホームレスにだってプライドはある。まだまだ人間腐っちゃいねーよ。俺はここからまた復活してみせる。そういう意気込みにも感じられた。

そういう「プライド」を僕は傷つけるようなことをしてしまったわけだ。ホームレスに優しくするつもりが、ホームレスに偏見を持っていたってことだ。

僕はそのことは素直に謝って、それからも冬の間はちょくちょくおっちゃんがくれる弁当を食べながら、弾き語りの練習をしていた。

そして、そのおっちゃんはいつしか姿を見せなくなった。

何してんだろね今頃。

最後に

おっちゃんの他には毎回、僕が唄っているところを通りかかるといつも120円、ジュース代を置いていってくれる盲目のおばちゃんなんかもいた。

ただ単に何か頑張っているから聞きに来たっていう人、僕と話すためだけにいつも危機に来てくれる常連さんもいた。何度も言うけど、僕の演奏はあまり上手くないにも関わらずだ。

こういうのって理屈に偏っている人、特に自分で作曲や小説なんかでも自分で執筆したことのない、知識ばかりのある人に多いんだけど、理屈じゃないんだよ。

その日たまたま恋人に振られて、通りすがりに失恋ソングを聞いてその曲に感動することもあるし、どんなに上手い演奏を聞いても、気分が沈んでいる、イライラしている時には感動出来ない。

実際、世界的に有名なバイオリニストが値段が億を超えるような高いバイオリンで名前を隠して演奏していたら、誰も気がつかなかった。ちゃんと最後まで聞いてくれたのは、音楽の素人の小さな子供だった、っていう話も実際にあるわけさ。

確かに人を感動させるには「上手さ」はあるに越したことはない。「プロ」みたいに値段を取る場合にはそれ相応の技術も必要だ。

でも、本当に「音楽を楽しむ」っていうのは、あいつは下手だけどなんか味があるな~、とか、プロじゃないからこそ感動できる部分を探すのも一つの楽しみ方だよね。

実際、僕は学校の先生が書くような文章は確かに日本語は綺麗だけど遊び心が足りないから面白くない、と感じることが多いし、小・中・高生の作文なんかで、全体を通すとイマイチだけど、ここの一文は面白いよな~、と感じることもある。

俺は幽霊やニセ科学、神様、取り敢えず非科学的なもの、理屈の通じないものはほとんど信じない理屈っぽい人間だけれど、「心」ってものに関しちゃ、理屈じゃなくて「感じる」ものなんじゃないのって思ってる。

「理屈」と「感性」

真逆のものだけれど、どちらも必要なもの。偏ってはいけないもの。

みなさんは「音楽」や「絵」は技術だけ上手ければ感動出来るタイプですか? それとも心がこもっていないものは、その作品からなんとなく感じ取ってしまって感動出来ないタイプですか?

だいちゃん(∀)

波平の声優さん、亡くなりましたね。ご冥福をお祈りいたします。

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uwasanoaitsu

フリーライター・ハイパーメディアブロガー 1級身体障害者 年間500冊ほどの本を読む読書マニア。勉強好きの資格マニア。簿記や法律に強い。 暗い記事も書くけど、なんだかんだで自分の事をスーパー障害者だと思ってる変な人。お笑い好き。 炎上芸人。インターネット上の嫌われ者www

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